2011年10月の記事一覧

そのままの私が一番

2011年10月27日 01:57 / カテゴリ:[ ブログ ]
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「君は飽きない子だ」
そう彼は笑っていました。
私が生まれて初めて「絶対に手放したくない」
そんな風に強く思っていた彼に言われた言葉。
その言葉は私にとって最大級の褒め言葉でした。
一時期
私は自分自身の感情の変化について悩んでいました。
誰しも感情に起伏があるものの、
私の場合はそれがすぐ「表情」となって出てしまうんです(汗)
喜怒哀楽がすぐ顔に出てしまう自分を
「大人になりきれていない」
と感じていた私は、なるべく表情に出さないようにと努力をしていました。
彼と付き合い始めてからもその努力はしていました。
感情が顔に出てしまうことで
「彼に呆れられてしまうのではないか」
「彼が疲れてしまうのではないか」
そんな風に考えていたんです。
しかし、彼のその一言で
「このままの私でいいんだ」と思えたんです。
彼は私の喜怒哀楽を「飽きない」といってくれました。
自分が欠点だと思っていたところを彼は「良い」と言ってくれた。
それがとても嬉しかったんです。
そして力が抜けたように私自身も気持ちが軽くなりました。
心の広い彼だったのかもしれませんね(笑)
2人は「飽きる事」の無い関係を3年ほど続けた後
「結婚したい」と互いに思い合えるようになりました。
恋愛から結婚。
そう考えてみると「そのままの私」を見せられる人が1番なんですよね。

素直にきりだしてみる

2011年10月20日 07:56 / カテゴリ:[ ブログ ]
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スキなヒトと採る食事は、楽しいひとときと言えます。高級なレストランでの食
事も、ファミレスでの食事も、スキなヒトと採れれば、なおさらおいしいのでは
ないでしょうか。
しかし、一緒に食事していて気になるのが、味の好みの違いや相手の食べ物の好
き嫌いです。わたしは味は薄いほうが好きなのに、彼は濃い味が好みで、行くお
店もそういうお店ばっかりなんていうヒトもいます。また、彼女が食べ物の好き
嫌いが多くて、お店選びに困るというヒトもいます。ある男性は、いいなと思う
女性がいますが、その女性は普段は、ご飯を食べるよりお菓子食べて過ごすと言
っていて・・・付き合っても大丈夫かなと考えています。
食べ物の好みは、永く付き合っていく上では、大切です。毎回食事に行って、自
分ばかりガマンしていたら、やはり不満となってしまいます。
味の好みについては、お店選びのときにメニューの多い店を選びましょう。メニ
ューによって、適度な味の濃さも変わるので、一方はガマンということは減るで
しょう。また、お店選びで、前回は自分の好みの店を選んだから、今回は相手の
好みのお店に行くというようにすれば、不満がたまることもなくなるでしょう。
食べ物の好き嫌いについては、つい食べないとダメだよと何遍も言うと相手にウ
ザいと思われてしまいます。口うるさくならないように注意します。そして、相
手に食事を作るときには、嫌いな食べ物は小さく切ったり、味や食感を変えてあ
げましょう。それを相手が食べたら、笑顔で「よく食べたね〜エラいね」とほめ
てあげましょう。小さい子をあやすような感じでしてみましょう。ちょっとした
言葉をかければ、相手も頑張って食べる気になります。
味の好みや食べ物の好き嫌いも、やはり2人が理解したり、協力できれば、不満
を溜めずにいい方向に進みます。普段あまり気にならないならいいのですが、も
し気になり始めたら、素直に話を切り出していくことも、いいお付き合いをする
ためには必要です。

相手の名前を呼ぼう

2011年10月10日 09:48 / カテゴリ:[ ブログ ]
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これは付き合う前の話。名前の呼び方1つで、その人に対する心理的な距離が決まってしまうから不思議。
これで恋愛の始まりが左右されることもある。
女を例に出すとわかりやすいと思うんだけど、女同士は互いを下の名前で呼び合っている。そしたら気色悪いほど仲が良い姿をあんたも見たことがあると思う。
[二個一]何て今では聞きなれた言葉になっているけど、始めはこんな得体の知れない言葉知らなかった。
ここから男が女を呼ぶ時も名前で呼んでみると良いことがわかる。
でも急にだったら当然恥ずかしいと思う。
だから女の名前を「◯◯ちゃん」と呼ぶことを勧める。女が男の名前を呼ぶという逆のパターンも同じ。
「◯◯さん」「◯◯くん」と呼んだ方が良い。
名前の呼び方1つで警戒感というものが解かれるんだ。
俺は異性と話したことがないという奴らが信じられない。
確実に自分に原因があると断言する。自分が見知らぬうちに異性との壁を作っている。
その壁を低くするのが名前を呼ぶという行為である。